私が初めて英語で会話したのは、1998年のバンクーバーでした。
21歳のとき、ワーキングホリデーで初めて日本を出ました。そのときまで、私はパスポートすら持ったことがありませんでした。
それだけではありません。両親もパスポートを持ったことがない、生粋の日本人家庭でした。海外の暮らしや英語というものは、テレビの「なるほどザ・ワールド」の中で見るような、遠い遠い別世界のものでした。
型枠大工だった私の話
少しだけ、私の話をさせてください。
高校2年生のとき、父親の会社が倒産しました。アルバイトをしながら高校をなんとか卒業して、その後は建築現場で型枠大工として働きました。
海外留学? 英語? そんなことを考える余裕も、環境も、まったくありませんでした。英語は学校の授業で習うものでしたが、それが実際の会話につながるとは、正直あまり思っていませんでした。
そんな私が、21歳でバンクーバーに降り立ちました。
通じただけで、感動しました。
現地に着いて、最初に英語で話しかけられたとき、私は必死で答えました。
どんな言葉だったかは覚えていません。でも、相手が「うんうん」とうなずいてくれたとき、私の中に電気が走るような感覚がありました。
「通じた。」
ただそれだけのことが、信じられないくらい嬉しかったのです。
今思えば、なぜあんなに嬉しかったのか。理由は一つだと思っています。
私には、「日本人として英語ができて当然」という期待が、まったくなかったからです。
マイナスを補填するのか、プラスを積み上げるのか
日本では、中学・高校・大学と、英語を何年も勉強します。
だからでしょうか。多くの大人が「これだけ勉強したのに、日常会話もできない自分はおかしい」という感覚を持っています。
英語を話せない自分が「欠陥品」であるかのような、後ろめたさです。
その状態で英語の勉強を始めると、出発点が「マイナス」になってしまいます。できない自分を直す、遅れを取り戻す、借りを返す——そういう感覚で学ぶことになります。
でも私には、その「マイナス」がありませんでした。
海外生活も英語も、最初からゼロどころかマイナスイメージすら持っていなかった。だから1つ通じるたびに、純粋にプラスになりました。
「また1つ増えた。」
その喜びが、次を学ぶ燃料になりました。
試験の英語と、話す英語は別物です。
誤解してほしくないのですが、これは「学校英語が無駄だ」という話ではありません。
ただ、学校で学ぶ英語は、試験のための英語です。読む、書く、訳す——それが評価されてきました。
実際に話す英語とは、使う筋肉が違います。何年間も自転車の仕組みを学んだのに、乗ったことがないようなものです。乗れないのは当然です。欠陥ではありません。
それなのに、「こんなに勉強したのに話せない自分はダメだ」と感じてしまう。この感覚こそが、英語を苦しくしている正体だと私は思っています。
英語が苦手なあなたへ
もしあなたが今、英語に苦手意識を持っているなら、一度だけ考え方を変えてみてください。
「できない英語を直す」のではなく、「1つずつ、プラスにしていく」。
1つ通じたら、それで十分です。昨日より1つ増えた。それを積み上げていく。
英語は、欠点を埋めるものではありません。世界を広げるためのものです。
私が21歳のバンクーバーで感じた、あの電気が走るような感覚。それは、完璧な英語ではなくても、ちゃんと経験できます。
まず1つ、通じればいい。それだけです。この考え方が、英語を学ぶことが楽しくなる、英語が好きなあなたを作る第一歩です。

