カナダで高校留学のエージェントを長くやっていると、日本とカナダで、大人の考え方がずいぶん違うなと感じる場面があります。今日は、そのことがよく表れた、ある出来事をお話しします。
この話は、動画でもお話ししています(5分24秒)。
同じお願いをした、二人の留学生
留学生は、たいてい9月にカナダに来て、6月に1年を終えて帰国します。6月末にはホームステイ先を出て、日本に帰る。これが基本の流れです。
でも、時々こんなお願いが出ます。「どうしても現地の友達と約束したイベントがあるので、7月の1週間だけ、もう少しカナダにいたい。許可をもらえないか」と。
これは、留学生活が楽しかったからこそ出てくる、前向きなお願いです。
数年前、ある高校に通っていた二人の留学生が、ほぼ同じ時期に、同じようなこのお願いを出しました。仮に、ひとりをAさん、もうひとりをBさんとします。
二人は、留学中の過ごし方が、少し対照的でした。
Aさんは、授業にもイベントにも一生懸命参加し、遅刻も欠席もほとんどなく、ホームステイ先での過ごし方も丁寧で、周りからの信頼を着実に積み上げていました。
Bさんは、少し違いました。休みがちで、遅刻もあり、ホームステイ先で注意を受けることもしばしば。ご両親や私たちも交えて、何度か話し合いの場を持つこともありました。
出た答えは、「Aさんはイエス、Bさんはノー」
同じお願いに対して、留学プログラムの責任者が出した答えは、こうでした。
Aさんには「いいですよ」。Bさんには「だめです」。
これを聞いて、どう感じるでしょうか。「不公平だ」と思う人もいるかもしれません。「なんであいつは良くて、自分はダメなんだ」と。Bさん本人が、そう感じても無理はありません。
責任者の説明は、こうでした。
Aさんについては、「この数か月、彼なら大丈夫だと思える振る舞いを、ずっと見せてくれた。彼がそこまでしたいのなら、応援したいから許可する」。
Bさんについては、「申し訳ないけれど、予定の帰国日を過ぎて長く滞在させるリスクは取れない」。
「だめ」で揃えるのが、公平なのか
ここが、私がとても興味深いと感じたところです。
もしこれが日本だったら、どうなっていただろう、と考えます。おそらく、Bさん側からの「なんでAはよくて俺はダメなんだ」という反発を恐れて、**「では、二人とも、だめ」**という結論になりやすいのではないか。そんな気がします。
二人とも「だめ」にするのが、公平なのか。それとも、きちんとやってきた人にはチャンスを、そうでなかった人には今回は見送りを——という形が、公平なのか。
カナダのその責任者は、後者を選びました。マニュアルで一律に決めるのではなく、一人ひとりの実績を、その目でちゃんと見て、状況に応じて判断する。
私は、この考え方が、好きです。納得もできました。
そして何より、許可を得たAさんが、その延長した1週間で得た経験は、きっと彼にとって、さらにいいものになったはずです。それを思うと、いい判断だったのだろうな、と感じます。
カナダの大人は、ちゃんと「見て」いる
この話で、Bさんを責めたいわけではありません。Bさんにも、Bさんの留学があり、学ぶことがあったはずです。
私がお伝えしたいのは、カナダの大人は、決められたルールの裏側で、その子自身を、ちゃんと一人の人間として見てくれているということです。
ルールはあります。守るべきことも、たくさんあります。でも、それは子どもを型にはめるためではない。ルールを尊重し、信頼を積み上げてきた子には、カナダの大人は、ちゃんとその信頼に応えてくれる。時には、ルールの先にある「例外」さえも。
お子さんをカナダに送り出すとき、向こうの大人がどんな考え方をするのか、不安に思う親御さんは多いと思います。今日の話が、その一つの参考になればうれしいです。
ルールを守ることは、自由を奪われることではありません。カナダでは、それが、信頼と、その先のチャンスにつながっていく。私は、現場でそう感じています。
※「留学中のルールには、ちゃんと理由がある」という話を、旅行や到着日のしくみから具体的に書いた記事もあります。あわせてどうぞ。 👉 カナダ高校留学中の「旅行」と「到着日」──知らないと家族が損をする、後見人のしくみ

